子供が生まれる前や生まれてから感じたこと。

Happy Birthday, my son.

私事ですが、9月の1日に第一子が生まれました。

3週間ほど経ち、少しづつ実感が・・・
となる予定が、案外そうでもない。

仕事に支障をきたさないように、と嫁さんの計らいもあって、現在「寝室別」環境をつくってくれています。
そのおかげで平日は非常に快適。
もちろん自分のできることは自分でするし、土日は可能な限り手伝っている(つもり)。

子供ができるとなると、まわりにチヤホヤされ、ちょっぴり無双モードになります。
人との繋がりやお金のまわりも早くなります。
僕の場合、何の因果か個人の仕事依頼も重なり、出産前はホント忙しかった。。。

妊娠報告・出産、お祝い、子育て・・・と、長期に渡り、色々なアドバイスをいただき、みんなに助けられっぱなしの数ヶ月だったと実感しています。

そんな中、子供の出産前〜出産後・育児まで、自分の中で感じたことを書き出してみようと思います。

1. 出産前のネガティブキャンペーン

男性は出産において、自分自身の体調の変化も無ければ、痛みもないため「実感が湧きづらい」といいます。
僕もまさにそう。

しかし、子供は好きなので「楽しみ」にはしていました。
当然、自分自身の子ですし。
(元プロ野球選手の駒田現象も頭に少しよぎりましたが笑)

なのに。

なぜか生まれる前って「生まれてから大変やぞ〜」「お金かかるよー」とネガティブキャンペーンのオンパレード。
もちろん一部には「かわいいですよ☆」「家庭が賑やかになりますね!」と耳障りの良いフレーズを言ってくれる人もいました。

僕がネガティブ発言を嫌う傾向にあるのも、特にそうさせているのかもしれません。

不安と思ってない人に不安を煽らせてどうする?

おそらくベストな答えはないけど、ベターな答えとして
「分からないことや困ったことがあったら言ってね。自分もはじめ分からないことがあって困ったから」。

だと思いました。

2. アドバイスをすることの真意

妊娠・出産・子育て、というと結婚し子供の居る家庭なら大半は経験していることだと思います。
そしてそこには「経験」というものが存在します。

はじめにも述べましたが、僕はこの妊娠・出産・子育てにおいて、多くのアドバイスをもらいました。

そう、多くの人から、色々なシーンと、様々なタイミングで。

言いたいこと・・・分かりますよね。

これを書くと「じゃあもう一人ですればいい」と言われそうですが、僕はアドバイスをくれた方が悪いと言っているわけではありません。
アドバイスをしてくれた方の真意は理解できています。

「ただ伝え方が悪かっただけ」で、要点は伝わっています。

例えば、これを仕事で置き換えてみましょう。
初体験のことを誰かに教えるマネージメントの場合、情報の一本化が最も早い成長が期待できます。(正しい情報前提)
わからない人に、複数人でそれぞれの細分化された情報を教えると、一体どれが正解なのかわからなくなります。
こうなってしまうと「直属の上司の意見」を採用せざる負えない状況下に置かれてしまいます。
そして最も最悪なのは、この現象が続くと“空返事”が発生します。
今している作業がベストかどうかは分からないけど、文句言われないし良いんだろう、と。

近年の新人教育では、教わる人よりも「教える人」の方が重要視されています。
これは一般日常でも同じです。

本当に真意を伝えたいなら、相手のことを理解してタイミングとシーンを大切にする、ということです。

結論として

こういった事柄は結局、小言に過ぎず、個人レベルでは改善されないの事案ではないかな、と感じています。

人は自分の経験則から物事を判断します。
自分の軌跡を辿らせるのが、自分自身の「納得」にもつながるため、これは仕方のないこと。
僕自身もそうです。

ただ「情報」や「アドバイス」というものは、日常に転がっています。
検索すればいくらでも出てきます。

もちろん人と人のつながりとしてのアドバイスも重要です。
大切なのは「正しい情報にいかに辿り着くか」「正解をどう見分けるのか」。

これからの時代。
自分で調べ、正しい情報に辿り着くことは「基本」になってくると考えています。
なぜなら市場や分野が細分化され、従来の手法がこれまでの「ベスト」ではなく、ただの「選択のひとつ」になるからです。

僕自身は、これを鍛錬することが、今もっとも大切なことだと考えています。

時には任せる勇気も緩急を持って必要で、人に何かを教えるときは、時代に併せて流動的に変化させていくべきなのでしょう。

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